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私の出身?? 福島県会津若松市

  • 2020/03/09(月) 21:00:24

私は、自分のプロフィールなどにおいて出身につ
いては、福島県会津若松市ということにしています。

生まれたのは、長野県の東信地方で東御市(旧東部町)という
ところにある病院です。母の実家の関係でここで生まれた
そうです。

その後、東京、神奈川とかに住んでいたことがあるようですが、
幼稚園に入る前くらいに福島県の会津地方の耶麻郡猪苗代町というところ
に引っ越しをして小学校卒業までは猪苗代で過ごしました。
振り返ってみると実は猪苗代には長い時間を過ごしたことに
なります。

その後中学校に入学のタイミングで引っ越しして会津若松市に
住むことになり高校卒業までの6年間を会津で過ごしたのですが、
親の代からの純粋の会津人というわけではないのでそんなに
会津への思い入れは強くなかった気がします。

しかしながら20代、30代と年を重ねるにあたり、今まで以上に
ふるさとの良さや会津のことを知る機会も増えて、またこの仕事を
していくうえでいろいろな会津関係の方ともお会いしまして
ふるさとへの思いも強くなっていきました。

そんな私も6年だけしか会津若松市では暮らしていない
のですが少しだけ会津若松のことをまとめます。

会津若松市は、会津地方の中心都市ですが人口は、
12万人くらいで、エリアは広いけど町に出ても人がいなくて、
たまに帰るとびっくりします。

人口は減少傾向にあり、産業は観光中心です。

wkiによると 江戸時代には会津藩の城下町として盛え、現在でも
鶴ヶ城や白虎隊など、歴史上の事物が観光資源として有名である。
その他にもこづゆなどの文化的な特色、赤べこなどに代表される
伝統工芸などにより、数多くの観光客を集める。近年では、平成30
年情報通信月間総務大臣表彰を受けるなど、情報通信技術(ICT)を利用
した取組の先進地域としても知られる。

と書かれています。 

一方で東日本大震災で会津地方も同様に打撃を受けております。
大きな企業もありませんので雇用を生み出すことができません。

こればかりはどうしようもありませんが、観光で街を輝かせる
ことはできるのでまだまだ努力していき、アイデアで勝負して
いく必要はあると思っています。

さて、私の実家からも1キロもないところに昔は富士通の
大きな工場があってメイン通りは富士通通りなどと呼ばれた
こともあり、少し賑わっていましたが、それも昔の話です。

富士通といえばだいぶ前の話なので古すぎと思いますが、
富士通の跡地には、会津学鳳高校という学校が
移転してきました。

会津学鳳高校は福島県初の中高一貫校で、昔は若女 (若松女子高校)
でしたが、男女共学になり中学校までその後併設されました。

スーパーサイエンスハイスクールに指定されており、中高一貫になり
優秀な学生も結構いて東京大学に合格した人もいるようですから
高校を取り巻く環境も変わったみたいです。離れているとそういうこと
は、まったくわからないです。

会津を離れて20年以上経つような人にとって高校名が変わってしまって
昔の高校の名称がわからない人も多いでしょう。

これは会津に限らず女子高校が共学になる流れのなかでおきて
いたことです。ちなみに葵高校は旧会女(会津女子高校)です。

昔は高校は男女別学がほとんどで、会津高校も
共学化したのは調べたら、2002年のことでした。
まあ最近ではないけどかなり遅かったほうです。

磐城高校、安積高校が2001年 福島高校は2003年
から共学化ですから地域差は少しだけです。

話は大きく飛びましたが 私の出身地である会津若松市へは
車で、高速道路を使って東京からゆっくり行くと3時間30分以上
かかります。日帰りはちょっと難しいので東山温泉とかに泊まって
いただくのが一番いいです。

鉄道では、郡山まで新幹線で行って磐越西線に乗り換えて
快速電車の発車時間にタイミングをあわせて会津若松まで
行くと少しだけ早いです。

それでも乗り換えがうまくいってトータル東京駅から2時間半くらいです。

会津の観光の見どころはたくさんありますが、またの機会にアップします。



年賀はがき当選分 切手交換しました。デザインなかなかいいと思います。
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